科学史の研究対象

「科学史」とは、読んで字のごとく、科学の歴史です。 では「科学の歴史」と聞いて、どんなことを想像するでしょうか。

たとえば、アインシュタインが相対性理論を唱えた、とか、メンデルが遺伝の法則を発見した、とか、そういった出来事が思い浮かびます。 また、ガリレオが地動説を唱えて教会から弾圧を受けた、とか、ニュートンがリンゴの落ちるのを見て万有引力に気付いた、といったエピソード――実はそれが完全に正しいと言えるかどうかは難しいのですが――を連想した人もいるでしょう。

そうしたことも確かに科学史の一部ですが、しかし全部ではありません。 科学の歴史を研究することは、科学上の発明・発見や科学者にまつわるエピソードを並べた年表を作ることではない、ということをまず言っておきたいと思います。

では、科学史とは何を研究するものなのか。 僕なりにまとめてみると、科学史とはおおむね、以下のようなものを対象とする研究分野ということになります。

1.科学の学説

科学のさまざまな知見や学説はどのようにして着想され、発展していったか――おそらく、「科学史」という言葉でふつう想像されるのはこれでしょう。

当たり前といえば当たり前ですが、僕たちが学校で習うようなことがらが昔から知られていたわけではありません。 空気が酸素や二酸化炭素、窒素などから成っているとか、地球が太陽の周りを回っているとか、人間が猿の仲間から進化してきたとか、 そういったことを日常生活の中で実感することはまずありません。 こうしたことがらに人間が気付き、一種の「常識」となるまでには長い道のりがあったわけで、その過程を明らかにするのが科学史の一つの仕事です。

僕はいま、「過程」と言いました。 実のところ、科学上の発見や革新が瞬間的になされることはありません。 関連する研究の蓄積があるからこそ、人は何かを研究できるわけですし、新しい研究成果が受け入れられるまでにも時間がかかるのが普通です。 「アインシュタインは1905年に相対性理論を発表した」というのは歴史的事実ですが、学説の科学史が明らかにしようとするのはむしろ、そこまでに何があったのか、それからどうなったのか、ということなのです。

このタイプの研究では、科学の具体的な中身そのものに関心があります。 そのため、もともと科学者だった人が歴史を研究し始めるというケースも多くあります。

2.科学の思想

次に、個々の科学の内容を超えた発想や考え方も、科学史ではしばしば取り上げられます。

たとえば、生物学あるいは生命科学の歴史では、生命現象は物理・化学的な法則によって説明できるという考え方と、通常の物理・化学では説明できない「生気」のようなものが生命の本質だとする立場がさまざまな形で表れてきます。 この立場の対立は、人間が自然をどのように見てきたかという壮大なテーマにもつながるものです。

場合によっては、歴史上の人物が自分では意識していなかったような特徴が指摘されることもあります。 あるいは、時代や地域の離れた二人の人物の思想が比較され、共通点や差異が論じられることもあります。

この種類の研究はしばしば思想史と呼ばれ、どちらかといえば哲学・哲学史との親近性が強いと言えます。 このようなアプローチは、科学史の中では伝統的に大きな影響力を持っています。

3.科学研究を支える社会的制度

しかし、科学史が研究の対象とするのは科学の中身だけではありません。 科学研究がどこで、どんな人々によって、どんな仕組みでなされてきたのか、ということにも関心があります。

今日では、科学者と呼ばれる人々はまず間違いなく、大学や大学院で教育を受け、そのまま大学に残って教授になるか、または企業や政府の研究所に勤めたりして研究を続けています。 また、専門家は学会と呼ばれる個別分野ごとの団体に所属し、研究結果は論文という形にして発表するのが普通です。

ところが、現代では当たり前のこのようなシステム――科学史では「制度」という言葉がよく使われます――はそれ自体が歴史的な産物であって、ずっと昔からあったわけではありません。 こうした社会的制度の移り変わりを研究するのも、科学史の重要な仕事です。

このような研究を行うには、時代ごとに異なる社会状況の中に科学を置いて見ることが特に重要になってきます。 一般的な歴史学とも接点が多い分野と言えるでしょう。

4.科学研究における実践

ところで、科学者と呼ばれる人たちは実のところ、どういうふうに研究をしているのでしょうか。

実験室では、フラスコを振ったり、顕微鏡をのぞいたり、温度計の目盛を読んだりしているかもしれません。 また、同僚とデータの解釈をめぐって議論したり、研究資金を援助してもらうための書類を書いたりもするでしょう。 一見つまらないことのように思えるかもしれませんが、新しい科学的知識はまさにこうした日々の繰り返しから生まれてくるわけです。

科学史ではここ数十年のあいだに、最終的に生み出された知識ではなく、それが生み出される様子に着目した研究が増えてきました。 よく使われる言葉で言うなら、科学研究の「実践」が過去にはどのようなものだったか、を調べるわけです。

「実践」への着目が増えてきた理由としては、(現在の)科学者の行動を社会学・人類学の手法で観察するという研究が登場してきたことがあります。 それをふまえて行われる歴史研究は、過去の科学についての社会学的・人類学的研究、と言ってもよいのかもしれません。

5.科学と文化・思想一般との関わり

世の中には、一見、科学と相容れなさそうなものがたくさんあります。 文学や絵画などの芸術や、宗教、社会思想などがたとえばそうです。 ところがこうした「科学以外」のものであっても、科学史の対象になることがあります。

実際、時代をさかのぼっていくにつれ、科学と芸術、科学と宗教、といった区分はだんだん薄れていきます。 レオナルド・ダ・ヴィンチは芸術家でも科学者でもあったと言われることがありますが、むしろその時代に芸術家と科学者の区別はなかったというほうが適切です。 また、教会と対立したとされるガリレオでさえ、自分は正真正銘のキリスト教徒だと考えていました。 こういうケースでは、歴史の中から「科学」だけを切り出そうとするほうが難しいのです。

また、もっと後の時代になっても、科学上の発見や新しい考え方から芸術家や哲学者・思想家がインスピレーションを受けたということはよくあります。 そうした点に着目することは、科学の展開をいわば外側から捉えるための、重要な手段であるように思います。

このタイプの研究では、文学史・美術史・社会思想史などとのつながりが深いのは言うまでもありません。 他分野の専門家が科学史に関わる重要な研究をしているケースも多々あります。

まとめ

ここでは、科学史の研究対象を五つにわけて紹介しました。 「学説」「思想」「制度」「実践」「文化・思想一般との関わり」、 すべての科学史研究は、このうちのどれか(または複数)を問題にしていると言っておそらく間違いないと思います。

「科学史」と一口に言っても、その関心の方向性はさまざまです。 「学説」にはとても興味があるけれど「制度」にはあまり興味がない(またはその逆)、という人もいることでしょう。 けれども、科学の歴史的展開をよりよく捉えようとするなら、ここで挙げた五つの観点(あるいはまだほかにもあるかもしれません)をうまく組み合わせていくことが不可欠だと僕は考えています。

さまざまなアプローチを駆使して、多くの顔を持つ“科学”に迫っていく――その点に、科学史研究の魅力と可能性があります。

2012/4/16