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1.科学の源流――古代ギリシアの遺産

概要

紀元前6世紀から3世紀にかけて、古代ギリシアでは、世界各地のほかの文明には見られない性格を持った哲学や数学が発達した。なかでもアリストテレスは、経験的に知られる自然全体を理知的に説明しようと試みた。しかしこれらの成果は、6世紀頃以降、ヨーロッパではほとんど見失われた。9世紀になると、ギリシア語文献からアラビア語への翻訳が進み、イスラームで諸学の研究が進んだ。これらの成果は、12世紀になってアラビア語からラテン語にも訳され、再発見されたアリストテレスの著作が、この頃より設立されたヨーロッパの諸大学で講じられるようになった。

講義の要点

○自然哲学の起こり(前6世紀〜)

自然の成り立ちについて、神話的・超自然的ではない説明を与えようとする試みが生じる

○アリストテレスの自然学(前4世紀)

自然(本性)についての「なぜ」(原因)を問う

「……こうして、自然の第一の原因について、そして自然的な運動について、また天界における規則正しい星々の運行について、また物体的な要素についてそれらがどれだけの数ありまたどのようなものか、またそれらの相互的な変換について、そして共通の生成と消滅については、以前に述べられた。残るのは、以前の人々が気象論と呼んできたその自然探究の下位区分をさらに考察しなければならないことである。……これらの事項を考察し終えたならば、こうして敷かれた延長上に、動物についても、植物についても、全般的および個別的に論ずることができるかどうか、検討することとしよう。……」(アリストテレス『気象論』第1巻第1章)

地上の世界と天上の世界の区別が設定される(生じる運動や構成する物質が異なる)

○数学(幾何学)の発展

エウクレイデス『原論』に代表される論証数学の成立

○ヘレニズム期のギリシア科学(前146〜476年)

ローマでは自然哲学はほとんど発展せず(重要な例外:プトレマイオスの天文学・地理学、ガレノスの医学)

その後のヨーロッパには、解説書・便覧などの形で、初歩的知識だけが伝わった

○アラビア科学/イスラーム科学の勃興(9世紀)

アッバース朝の時代に、ペルシア、インド、ギリシアから、学術文献が続々とアラビア語に翻訳される

○アラビア科学/イスラーム科学の発展

天文学、代数学、錬金術などにおいて、独自の発展を遂げる

○12世紀ルネサンス

スペインとイタリアを舞台に、アラビア語からラテン語への翻訳運動が起こる

ヨーロッパの人々は、ここに至って初めて、古代ギリシアの成果を本格的に知るようになった

○中世ヨーロッパの大学

12世紀頃に各地で設立され、教養課程に当たる学芸学部で数学や哲学が講じられるようになった

○アリストテレス主義

キリスト教神学とアリストテレスの思想を折り合わせつつ、自然哲学への取り組みがなされる

「彼ら[中世の自然哲学者たち]がその生涯を捧げて取り組んだのは、テキストの曖昧な部分を解明し、難解な部分や異論のある箇所について論議し、アリストテレスの諸原理を独創的に適用したり活用したりすることであった。しかし、広くいきわたった神話が主張してきたほどには、アリストテレスのテキストの奴隷でなかったことは強調しておかねばならない。むしろ……論議や論争において論理的で創造的な能力を示すのに熱心だった」(リンドバーグ『近代科学の源をさぐる』306頁)

以上の時期を通じて、印刷技術は存在せず、知識はすべて筆写により保存され伝えられていたことに注意

Q&A

※準備中

読書案内

古代から中世にかけての科学史全体を扱った本としては、 伊東俊太郎『近代科学の源流』(中公文庫、2007年) をまず挙げるべきだろう。初版が1978年で、この方面の古典と言える(現在は文庫になっているが、内容は非常に濃い)。これよりも新しく、かつ詳細な解説が読めるのは リンドバーグ『近代科学の源をたどる』(朝倉書店、2011年) で、科学史の専門基礎として使われている英語圏の標準的な本の翻訳である。 モンゴメリ『翻訳のダイナミズム』(白水社、2016年) は第1部で、古代から中世にかけての「西洋天文学の翻訳史」を詳細に述べている。

古代ギリシアの科学史はふつう、哲学史の一部として扱われており、自然科学的な部分だけを説明しているものはほとんどない。例外は ロイド『初期ギリシア科学』(法政大学出版局、1994年) および 『後期ギリシア科学』(同、2000年) で、原書の出版が1970年代にもかかわらず、今でも基本的な参考書である。個々の人物などに関するもっと新しい解説としては、 『哲学の歴史』シリーズ(中央公論新社、2007-8年) などを見るとよい。 セドレー編著『古代ギリシア・ローマの哲学』(京都大学学術出版会)所収のハンキンソン「哲学と科学」(2009年) は、この時代の自然学・数学・医学について、科学哲学的観点から概観している。自然学を含むアリストテレスの哲学全般については、 山口義久『アリストテレス入門』(ちくま新書、2001年) が、科学史的関心によく応えてくれるように思う。

古代ギリシアの数学については、 三浦伸夫『数学の歴史』(放送大学教材、2013年) の該当する章をまず読むのが良いかもしれない。この本は、古代に限らず、近世までの数学史の教科書として現時点で最良の一冊である。 斎藤憲『ユークリッド『原論』とは何か』(岩波科学ライブラリー、2008年)および 『アルキメデス『方法』の謎を解く』(同、2014年) の2冊は、この分野での最近の研究動向を一般向けに分かりやすく書いている。より専門的なことが知りたい場合は、 カッツ『数学の歴史』(共立出版、2005年) や 『Oxford数学史』(共立出版、2014年) に当たってみることを勧める。

中世イスラームの科学については、 『オックスフォード イスラームの歴史 第1巻 新文明の淵源』(共同通信社)所収のダッラール「科学、医学、技術」(2005年) が読みやすく、優れた概観を与えている。1冊の本としては、 ジャカール『アラビア科学の歴史』(創元社、2006年) や ターナー『図説 科学で読むイスラム文化』(青土社、2000年) が図版豊富で取り付きやすい。もう少し広い視野からは、 小杉泰『イスラーム文明と国家の形成』(京都大学学術出版会、2011年) の第7章「アラビア語の成長と諸科学の形成」を読むと、科学の発展がどのような文化状況の下で起こったのか、イメージが湧く。 三村太郎『天文学の誕生』(岩波科学ライブラリー、2010年) は、アッバース朝でギリシアの天文学がなぜ必要とされ発展したのかを説明する、やや高度な内容である。

中世ヨーロッパの科学史については、最初に挙げたリンドバーグ(2011年)が最も幅広く、かつ詳細な解説をしている。他方で、中世科学史の大家である グラント『中世における科学の基礎づけ』(知泉書館、2007年) では、大学で講じられた運動論や宇宙論が中心的に取り上げられている。ほかに関連する本としては、 ルーベンスタイン『中世の覚醒』(紀伊國屋書店、2008年) は、中世ヨーロッパのアリストテレス再発見をノンフィクションとして語るユニークな1冊。中世から現代にまで至る大学の歴史については、 シャルル、ヴェルジェ『大学の歴史』(白水社文庫クセジュ、2009年) や 吉見俊哉『大学とは何か』(岩波新書、2011年) が手に取りやすい。

2017/4/16作成;2017/4/16最終更新