科学史の肖像

Ludwig Boltzmann

ルートヴィヒ・ボルツマン
Ludwig Boltzmann

1844年2月20日生-1906年9月5日没

オーストリア出身の理論物理学者。 特に、気体の熱現象を分子の運動によって説明する分子運動論の分野に大きく貢献、 「ボルツマン定数」にその名を遺している。

グラーツ、ウィーン、ミュンヘン、ライプツィヒの諸大学で物理学の教授を務め、講義の名手であったという。 私生活では妻と4人の子どもがいた。 しかし精神不良の気味があったとも言われ、休暇滞在先で突然、自ら命を絶った。

気体運動論では、分子の速度に関するマクスウェル=ボルツマン分布を理論的に導き、 さらにはエントロピーにエネルギー状態の確率という解釈を与えた。 原子の実在をめぐり、これを拒否するオストヴァルトらと論争したことでも有名。

参考資料

ボルツマンについての伝記的著作としては次のものがある。

ボルツマンの論文や講演には、日本語に訳されているものが少なくない(邦訳の出版年順;[ ]は原著の初出年)。

2013/2/19
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