なぜ力学が問題なのか

そもそも力学とは

力学――「りきがく」、英語ではmechanics[メカニクス]――とは、さまざまな物体の運動や変形、それらを引き起こす力の働きなどを、数学を使って分析する物理学の一分野のことです。

わりとシンプルな理論でありながら、投げたボールはどこまで飛んでいくのか、ブランコはどのように揺れるのか、といった比較的身近な問題から、 月は正確にはどれだけの周期で地球の周りを回っているのか、上空の大気はどのように動いているのか、といったスケールの大きなできごと、 また反対に、空気中の分子はどれくらいの速さで動いているのか、橋の各部分にかかっている負荷はどれくらいか、といった目に見えないことがらまで、 幅広い現象に応用がきくのがその魅力です。

ふつう、物理学を勉強するときにまず最初に習うのがこの分野で、物理学の基本中の基本だと考えられています。 物理学の土台となる考えや問題を解くためのテクニックをまず力学で学んでから、ほかの分野へと進んでいくわけです。

目指すところ

力学の理論は、多くの人々の手によって、少しずつ作り上げられてきたものです。 物体の落下について分析したガリレオや、万有引力の理論を考え出したニュートン(どちらも17世紀の人です)は特に有名ですね。 僕が興味を持っているのは、そうした理論というのが人から人へ引き継がれる中で発展していく、まさにそのプロセスです。 たとえばニュートンも、ゼロから出発したわけではなく、ガリレオを始めとする多くの先人の成果を利用しています。

僕が目下研究している18世紀という時代にも当然、そうした理論の発展がありました。 とりわけ、17世紀末に新しく発明された微積分と呼ばれる数学が使われるようになったことと、 さまざまな場合に応用のきく一般的な理論体系が作られるようになったことがこの時代の特徴です(少なくとも僕はそう思っています)。

ここでぜひ強調しておきたいのですが、どれほど難解な理論であっても、生きた人間が考えたものには違いありません。 科学の歴史は、理論や概念の歴史であると同時に、それを作ってきた人間の歴史です。 18世紀の力学の場合は、オイラーやラグランジュといった、数学者として有名な人々がその主役になります。 彼らはいったい何を考え、どのようにして理論を発展させたのか、その経緯を知りたいというのが僕の研究の基本的なモチベーションです。

過去に生きていた人々の思考にできる限り寄り添いながら、力学の展開を跡付けること、僕はそれを目指しています。 そのためには、彼らが力学について書いた本や論文、あるいは手紙(当時の人々は文通によって、さまざまな意見交換をしています)を読むだけでなく、 それがどんな時代だったのかを踏まえることも必要です。 さらには、彼らはどんな生活をし、どこでどうやって研究をし、誰と親しく誰と仲が悪かったのか、そういったことも知りたいと思っています。 もっとも、そういった個人的な情報はなかなか文字に残っていないので、わからないことだらけではあるのですが……。

力学が大事である理由

力学の歴史は、かつての科学史では大変メジャーな話題だったのですが、近年では(世界的に見ても)あまり研究されていません。 けれども僕としては、主に三つの理由から、研究する価値があると思っています。

ひとつには、特に18世紀のあいだに組み立てられた力学の理論が、その後、電気や光、熱といった自然現象を説明するための土台になったということがあります。 こうした現象を説明するための理論は19世紀のあいだに作られ、今でも物理学では普通に教えられていますが、それは言ってみれば、力学の子供たちということになります。さらに、たとえば脳の「メカニズム」といった言い方にあるように、科学のさまざまなところで、無意識的に力学の発想が使われることもあるように思います (力学[メカニクス]という言葉にはもともと、メカニズムについての学問というような意味合いがあります)。 そうすると、力学というのはある意味で、科学によって世界を理解しようとするときの基盤になっているのではないか――、そんなことを考えています。

ふたつめに、いま言ったこととも関連しますが、力学は工学(特に機械や土木・建築といった分野)の基礎でもあります。 発電用装置の設計や建物の耐震性の解析など、さまざまな場面で力学の考え方や手法は使われています。 この意味で、力学は近現代の科学技術にとって不可欠な土台として機能していると言うことができます。 力学を歴史的に研究することは、科学技術の特性を知り、それらとのより良い関わり方を考えていくための手掛かりを与えてくれるのではないでしょうか。

最後にもうひとつ言っておきたいのは、力学というのが一般的な数学的方法を編み出してそれを活用したおそらく最初の科学だったという点です。 僕はこのことが、ものすごく不思議でなりません。 世の中には数学が苦手・嫌いな人のほうがおそらく多いと思いますが、 いったい人間はどうして、数学でさまざまな現象を研究しようなどということを考えたのか、またそもそも、どうして実際にそんなことが可能なのか。 僕はむしろ数学が好きな人間ですが、これは永遠の謎だと思っています。 力学の歴史を研究することで、少しでもその謎に迫れればと思います。

2011/4/5;2012/3/14 改訂
科学史への小窓 著者について 研究紹介