革命の出版:コペルニクスの地動説

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「最大の書」

『アルマゲスト』の凄さは、一見すると不可解な惑星の動きを、見事な工夫によって予測していたことにある。

「惑星」というのはギリシア語の「さまよう人」に由来する言葉で、当時は水星・金星・火星・木星・土星・月・太陽の七つを指していた。すぐ分かるように、これは今日、僕らが「惑星」と呼んでいるものとは違う。肉眼で見えない天王星や海王星が入っていないのは望遠鏡のない時代だから当然だとしても、なぜ月や太陽が惑星なのか? それは、この二つの星も、ほかの五つの星と同じように、夜空に輝く星座の間を「さまよう」からだ。

天の星の大部分は、一年を通じてその位置を少しずつ変えていく(たとえば、オリオン座を夏に見ることはできない)。そうした星たちの動き方は規則的で、みな一斉に動いていく。さながら、天を覆う巨大なドームに星座が貼りついていて、それが丸ごと回転しているかのようだ。――古代ギリシア以来、こうしたドームは本当に存在していると考えられ、「天球」と呼ばれていた。

ところが、惑星の動き方は違う。太陽や月を含めた七つの惑星は、どれも恒星の貼りついた天球とはまったく関係なく動くのだ。だから、伝統的には、この七つの惑星はそれぞれ別の天球に貼り付いているとされた。恒星の天球と合わせて全部で八つの天球があり、これが入れ子のように重なって宇宙ができていると考えられたのだった。

惑星の動き方の中でも特に不可解なのは、水星・金星・火星・木星・土星が見せる「逆行」という現象である。この五つの星は、普段は星座の間を東に進んでいくのだが、そのスピードはだんだん遅くなって、やがて停止してしまう。すると今度は、それまでと逆に、つまり西向きに動き始める。さらに観測を続けると、またいったん停止して、再び東向きに、何事もなかったかのように動き出す。この奇妙な動き方はいったい何なのだろう。それを予測するにはどうすればいいのだろうか?

プトレマイオスが使ったのは、先人から受け継いだ周転円という手法だった。プトレマイオスはそれにオリジナルな工夫を加えて使ったのだが、まずその基本的な考え方から見ていこう。

周転円の基本的な模型ここに書いた図(図1)で、宇宙の真ん中にあって動かないのが地球である。これは私たちの日常経験の範囲内では絶対確実と思える前提で、問題は、この地球から見たときに惑星がどの方向に見えるか、ということだ。

ここで、惑星の動きを説明するために、二つの円が登場する。地球(E)を中心とする大きな円(図では緑色)は導円と呼ばれ、この円の上を、点Cが一定の速さで回転する。次に、この点Cを中心として、もう一つの小さな円(赤色)がある。これには周転円という名前が付けられていて、この円の上を、惑星(P)が一定の速さで回転する。つまり惑星は、導円の上を回転する周転円の上を回転する。親亀の上に小亀が乗っているようなこの模型を使うと、惑星は二つの回転が合成された結果、点線で描いたような動き方をする。そしてこれを地球から眺めると、見事に逆行しているように見えるのである。

プトレマイオスの「エカント」これだけでもなかなか凄いと思うのだが、プトレマイオスはさらに先へ進んだ。導円と周転円の単純な模型では、観察データからのずれがかなりあったのだ。そこでプトレマイオスは、この模型をわずかに「ずらす」戦略に出た。それがこちらの図(図2)である。

今度は、導円の中心(M)が、地球からずれたところに置かれている。勘違いしないでほしいが、地球が宇宙の中心から外れたというわけではない。導円の方が宇宙の中心から少しずれたということだ。ここでさらに、プトレマイオスはもう一つ、決定的な工夫をする。導円の上を回転する点Cは、もはや円の上を一定の速さでは動かない。そうではなく、点E'(これはMを挟んで地球Eの反対側にある)の周りを、一定の回転速度で回るのだ(知っている人のために物理の用語で言うと、E'の周りの角速度が一定ということ)。この工夫は「エカント」と呼ばれ、これこそまさに、『アルマゲスト』を「最大の書」にした要因だった。これを使うことによって、惑星の位置の予測は格段に精確になったのだ。

不動の地球を宇宙の中心に据えたプトレマイオスの天文学理論は、僕たちが想像するよりも遥かに精緻なもので、当時の観測データともよく一致していた。暦を作ったり占星術を行ったりするには十分だったし、誤差が出てきた場合でも、周転円や導円を適度にずらしたりすることによって模型を修正すればそれでよかった。と言うよりむしろ、それが天文学者の仕事だったと言ってもいい。しかも、地球が静止しているという考えは私たちの日常経験とも完璧に一致している。いったいどこに、地球が動いているなどと考える理由があるのだろうか? ――それがあるのだ。実は、「最大の書」のゆえんたる「エカント」こそ、コペルニクスが地動説を主張するきっかけだったのである。

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2011/9/30 新装版
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