革命の出版:コペルニクスの地動説

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コペルニクスの宇宙

『天球回転論』は全部で6巻からなる。このうち第1巻が地動説の全般的な説明(と、後で必要な数学の準備)に充てられているのに対し、残りの5巻では星の動きの計算についてのテクニカルな詳細が延々と解説されている。この専門的な部分こそ、天文学者コペルニクスが『コメンタリオルス』以降の三十年を費やして理論の精度を上げようとした努力の結晶だったわけだ。だが僕にはその詳細を解説するだけの力量がないし、それを期待されているとも思えないから、ここでは第1巻で述べられている内容について、とりわけコペルニクスの考える宇宙像について話すにとどめておきたい。

第1巻の第10章は「天球の順序について」と題されていて、この中でコペルニクスの考える宇宙の構造が述べられている。ここで、コペルニクスが「天球」という伝統的な言葉を使っていることに注意してほしい。それ以前の人々と同じく、コペルニクスにとっても、天球は決して想像上のものではなかった。コペルニクスは地動説を唱えたと言われるけれども、それは実のところ、地球の貼りついたドームが回転するということだったのだ。

コペルニクスの宇宙体系それを踏まえた上で、この図を見てほしい。これは『天球回転論』の直筆原稿の中にある、宇宙体系の図である。真ん中に「太陽」(sol)と書かれ、それを取り巻くように、七つの天球が重なり合っている。円そのものではなく円と円に挟まれた部分が天球で、隣り合う天球がちょうど接して並んでいることをこの図は示している(残念なことに、出版された本ではこれに対応する図が若干書き換えられていて、このことが分かりにくくなってしまっている)。

この七つの天球は、番号が振られている順に、外側から恒星、土星、木星、火星、地球と月、金星、水星をそれぞれ運んでいる。この順番は観測データから決定されており、実はこの点こそが、コペルニクス説の最大の長所だった。というのも、それまでの地球中心説の立場では、天球の順番を決定しようとすると主観的な推測が入らざるを得なかったからだ。つまり、コペルニクスは歴史上初めて、経験データに全面的に基づく宇宙像を提示したと言えるのである。

ところで、この図を見ている限りでは、コペルニクスの宇宙は天球がうまく重なり合って、均整が取れているように見える。だが実は、この図に描かれているのは一種の理想で、本当はもっと歪んでいた。科学史の専門家がこの本の第2巻以降のテクニカルな議論を分析したところ、天球と天球の間にはかなり隙間ができてしまうことがわかったのだ。とりわけ、一番外側の恒星天球とその次の土星天球の間には、膨大な空間が広がっている。コペルニクスの理論に従って計算してみると、太陽から恒星天球までの距離は、太陽から土星天球までの距離の実に750倍にも達する! しかも、この恒星天球までの距離――これはつまり、宇宙の大きさということなのだが――は、伝統的に考えられていたよりも400倍以上大きい。コペルニクスの理論は、文字通り宇宙を膨張させてしまった。

だがそれでも、コペルニクスの宇宙はあくまで有限の大きさだった。恒星天球の外側には何もなく、世界はそこで終わっている。そして宇宙全体の形は球状である。――ついでに言っておくと、『天球回転論』第1巻はまず、「宇宙は球形であること」と題された第1章から始まり、以下、「大地もまた球形であること」(第2章)、「どのようにして大地は水と共に一つの球状をなすのか」(第3章)と続く。要するに宇宙は何から何まで歪みのない円もしくは球の組合せでできていることになっていて、どうやらコペルニクスはよほど、円(球)という図形に入れ込んでいたようだ。

それともう一つ、先ほどの図では曖昧にされている重要なポイントがある。それは、宇宙の中心はどこにあるのかという問題だ。図を見る限りでは、太陽が中心にあるのは明らかに思える。だが実は、コペルニクスは本の中で、「太陽の近くに宇宙の中心が存在する」と書いているのである。再び専門家が指摘するところでは、コペルニクスの数学的な理論では、地球の軌道の中心は太陽と一致していない。そして理論上重要なのは、太陽ではなく地球の軌道の中心の方なのだ。コペルニクスの地動説は「太陽中心説」とも呼ばれることがあるが、厳密に言えばこの呼び方は不適切だということになる。

さて、ここまでの説明でお分かりいただけたかと思うのだが、コペルニクスの宇宙像は、地球が動くというその一点を除けば、僕たちが今日知っている宇宙の姿とは大きく異なっている。天動説から地動説へ、というキャッチフレーズは、僕たちの思い描く宇宙像がコペルニクスの手で生み出されたということを全く意味しないのだ。しかも、コペルニクス理論のテクニカルな部分についても、詳しい歴史研究の結果、プトレマイオス流の理論より簡潔だったわけでもなければ予測精度が優れていたわけでもないという結論が出されている。そうするとますます、こういう疑問が頭から離れない。『天球回転論』は、はたして革命的な本だったのだろうか?

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2011/9/30 新装版
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